【小説】涙でコスモスが滲む

 

 

「戻ってきたら、伝えたいことがある」

 そう言って戦場に赴いた彼は、戻ってこなかった。

 この国の王女として生まれ、乳母になったのが彼の母親だった。少し先に生まれていた彼とこの城で遊び、勉学に励み、ときに喧嘩と仲直りを繰り返して一緒に育った。

「大きくなったら、私と結婚してくれる?」

 幼い頃、花畑でかくれんぼをしたとき、そう言ったことがある。あのとき彼は、なんと答えたのだったか――。

 

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 彼との思い出が押し寄せる。止めどなく涙もあふれてくる。私は彼の亡骸を見ていない。だから、もしかしたら彼が戻ってくるんじゃないか、と毎日部屋の窓から城門を見る。

 知らせを聞いてから一年が経ったのだ。そんなはずはない。頭では分かっていながら。

 涙でコスモスが滲む。窓際にあるそれは、彼が一番好きな花だった。よく赤色のコスモスをプレゼントしてくれた。

 お腹が鳴る音。三食きちんと食べるように、と彼が言っていたことを思い出す。涙を拭う。

 昼食を食べよう。そう思って窓から離れようとしたとき、視界の端で何かを捉えた。城門に衛兵以外の誰かがいる。今日の来客はない、と朝食の席で父が言っていたはず……。

 城に向かってゆっくり歩いてくる人。すると、乳母がその人に駆け寄るのが見えた。もしかして。もしかして、あの人は――。

 


Story by 鈴倉佳代
Photo by ボヤツキ様さん。