小説

【小説】空を見上げる

人はなぜ、空を見上げるのだろう。雲を見ているのか、空の色を見ているのか、鳥を見ているのか。それとも、見ているのは天国……? 開かれた場所――特に港、空港――で、空を見上げるのが好きだ。世界は広い、と感じることができるから。大勢の人が、来ては去る。…

【小説】夜を游ぐ

受験勉強に倦み、予備校をサボって僕がいたのは、夜の雑踏だった。 人とぶつかりそうになりながら、当て所なく歩く。目的地も将来も。 そうしたら、月明かりの下で誰よりも上手に、人混みをかき分け歩く人の姿が目に入った。 ――それはまるで、夜を游いでいる…

【小説】涙でコスモスが滲む

「戻ってきたら、伝えたいことがある」 そう言って戦場に赴いた彼は、戻ってこなかった。 この国の王女として生まれ、乳母になったのが彼の母親だった。少し先に生まれていた彼とこの城で遊び、勉学に励み、ときに喧嘩と仲直りを繰り返して一緒に育った。 「…

【小説】大阪の夜は明るい

大阪の夜は明るすぎて疲れる、と彼女は言った。 彼女に付き合ってもらって大阪を観光した後、わたしが泊まっているホテルへと戻る前に小休止していたとき。 光を目に入れること自体がしんどいらしい。確かに、今日はずっと一緒にいたのに一度もスマホを見た…

【小説】猫みたいな君と雨

閑静な住宅街の片隅に、君はいた。立ったりしゃがんだり、曇り空を見上げたり。差している日傘をクルクル回したりもしている。 その様子が、なんだか猫みたいだな、と微笑ましい気持ちで思う。 ポツリポツリ、と雨が降り出した。 ――おっと、いけない。見入っ…

【小説】同胞へ

『祈り』と題された写真を見た。 若い女性がひとり、植物を持って祈っている。 薄く開かれた目は、どこを見つめているのだろう。何に祈っているのか、何のために祈っているのか――。 図らずも、写真を見て嗚咽をもらした私に分かったことは、赤い唇と赤い植物…

【小説】紅葉の木の精

紅葉の写真を撮っていたら、小さな女の子に話しかけられた。 曰く、紅葉達が綺麗に見える角度を知っているという。 言うが早いか、軽い身のこなしで木に登っていく。 たまには人物写真も悪くないかと思い、紅葉を背景に様々なポーズをとった女の子をフィルム…